監督 ロバート バドロー
脚本 ロバート バドロー
主演 イーサン ホーク

★あらすじ★

1966年、イタリアの刑務所に拘留されている男性はトランペッターのチェット・ベイカー。そんな彼のもとに、アメリカから迎えがやってくる。彼の自伝映画を彼自身の出演で撮りたいという オファーだった。

1950年代。チェットはウエストコーストジャズの立役者としてもてはやされ、ジャズ界のジェームズ・ディーンと称される人物になっていた。

ニューヨークの名門ジャズクラブ「バードランド」に初めて立った彼はマイルス・ディヴィスら錚々たるジャズミュージシャンの前で演奏していた。

しかし、マイルスの感想は辛辣なものだった。「バードランドでの演奏はお前にはまだ早い」。その言葉はチェットにとって苦い想い出として残っていた。



チェットは恋人がいるにもかかわらず、楽屋に帰ると娼婦とたわむれ、ドラッグに溺れた。そこへ恋人が現れ、彼らは激しく口論するが、実はこのシーンは自伝映画の撮影だった。

実際、彼はドラッグがらみのトラブルを数多く起こしており、公演先のイタリアで収監されていたのもそのせいだった。


撮影後、チェットと恋人役を演じるジェーンが外に出たときドラッグのディーラーたちが待ち伏せしていていきなりチェットに襲いかかった。

このトラブルにより映画制作は中止。   チェットは顎をくだかれ、歯を折られ、入れ歯をせざるをえなくなった。再起不能だろうと誰もが思い、彼を支えてきた人も離れていってしまう。



そんな彼をただ一人支えたのが、ジェーンだった。ウエストコーストの海の見える場所にとめたキャンピングカーで暮し二人は愛をはぐくんだ。


チェットはひとときも、トランペットを離さず口の痛みに耐え再起を目指すためドラッグの誘惑も断った。

しかし再起の道は思った以上に険しいものだった。ピザ屋で演奏するまでに回復したが、共演したミュージシャンに「もう少し練習してきてくれないか」と言われてしまう。

チェットはジェーンとともに故郷の父母を訪ねた。父もかつてはレコードを出したことがあるミュージシャンだった。「父さんは諦めてしまったが、自分は決して諦めない」と言うチェットに向かって彼は言います。「音楽は諦めたが、お前のように家名を汚してはいない」。

西海岸に戻ったチェットは、音楽プロデューサーのディック・ボックに頼み込んで仕事を回してもらい、徐々に輝きを取り戻していった。彼が奏でる音には怪我をする前にはなかった「味わい」が加わっていた。


彼の演奏を聞こうと、レコーディングの場に多くの音楽関係者が集まった。その中にチェットが敬愛しているトランペット奏者のディジー・ガレスピーがいた。

演奏は素晴らしいものだった。チェットはディジー・ガレスピーに「バードランド」への出演を直訴した。


承諾を得て有頂天のチェットはジェーンも一緒にニューヨークに行ってくれるように頼んだが、オーディションがあるからと断られてしまう。中止になった映画の仕事以来、まったく仕事が無い彼女にとって大きなチャンスなのだ。


チェットは1人ニューヨークへ向かった。ガレスビーやマイルスをはじめ、多数の人々がチェットの復活を見ようと「バードランド」につめかけていた。

ディック・ボックは楽屋のチェットを訪ねるが、彼が見たものはテーブルに置かれたドラッグと注射器だった。そこにはプレッシャーに押しつぶされそうなチェットがいた。

ディックは「自分で選べばよい」と言ってその場を離れた。

開演時間を大幅に過ぎ、ようやく出てきたチェットは「アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラブ・ビフォアー」を歌い始めた。

その時、ジェーンが会場に現れる。オーディションの日が一日ずれたのだった。演奏に耳を傾けていた彼女だったが、次第に表情が曇っていった。彼がドラッグを使ったことを悟ったのだった。

彼女はバードランドから去っていった。

一曲目が終わり会場は拍手に包まれた。あのマイルスも拍手を送っていた。

再びチェットは演奏を始めた。


★解説★

トランペッターとして世界的に有名になったチェット・ベイカーの伝記的映画。

主演は、イーサン・ホーク。

イーサン・ホークは俳優、脚本家、監督とマルチに熟せる米国の俳優です。

私は最近観ている映画でよくイーサン・ホークが出演している作品を偶然ですが観ています。例えば、

「ビフォア」三部作

「6才のボクが大人になるまで」

マグニフィセント セブン」などなど。

ハデでは無いが確かな演技力で安心して作品を観れる俳優の1人です。

物語は、チェット・ベイカーを多少美化してる部分はあるようですがイーサンのトランペットの吹替え無しなどを見てもちゃんと作り込んでいます。

大人の映画を観たい方は是非ご覧下さい。